おさかなコーディネータ ながさき一生 のおかしら付き

魚のこと、魚以外のこと、思ったこといろいろ書きます。

努力は報われない

最近はそうでもないのかもしれませんが、勤勉な国、日本では昔から「努力」という言葉がとかく好まれるように思います。

 

ただ、自分は、「努力」という言葉が、かなり前から好きではありませんでした。

 

今回は、これがなぜなのかということを紐解いてみました。

 

おそらく、小学校低学年の時だったか、習字で優れていた人には「金賞」などの賞がもらえるのですが、これが貰えなかった人は一律「努力賞」となります。このイメージがものすごく強くて「努力賞」=「残念賞」の様なネガティブな印象がついてしまったのだと思います。「頑張ったけどダメだったね」が努力賞だったもので。。

 

それに、「努力」の「努」という文字が「奴(やっこ、下僕などの意味)の力」と書きますから、やっぱり何となくネガティブな気がします。

 

そもそも、「努力している」と感じている人は、本当に精一杯やっているのだろうか?なんてことを思います。というのは、本当に精一杯なときというのは、端から見ればそうなのですが、本人からしたらハマっていて、のめり込んでいて、まったく精一杯な感覚がないからです。これを「フロー状態」といったりしますが。

ちなみに、この「フロー状態」は、大好きです。何でかというと単純で、そのモードに入ると「とても気持ちがいいから」。しかも、成果が上がる、能力が急速に伸びやすいなど良いことづくめです。(危険な面もありますが^^;)

 

一方で自分が大事にしている考え方に「努力は報われない」があります。こう思ったのは、「習字の努力賞って報われないじゃん」と思ったのがキッカケかもしれません。

 

同じようなことを「ゲゲゲの鬼太郎」の作者である水木しげるさんや明石家さんまさんも言っていたようです。

 

結論から言うと、報われるかどうかを気にするような事は最初からしない方がいいのです。「報われなくても俺はコレをやる」ということに注力すべきで、そういうことの方が楽に力を発揮できます。

 

・そもそも、「奴の力」である辛い「努力」をせず、楽に力を出せる「フロー状態」を目指す

・辛い「努力」をするにしても報われるかどうかを気にするなら「しない」。報われなくてもいいやと思った時だけやる。

 

と考えると少し生きるのが楽になるような気がしてます。